【ラノベ感想】依存していたのはだれだろう? – いもーとらいふ (上)

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 「兄妹」と聞くと某ラノベを思い浮かべるのは私だけじゃないだろう。刊行途中で投げ出したので詳しく知らないが、風の噂によると相当インモラルな結末を迎えたようだ。そんな某ラノベは文武両道眉目秀麗な妹に付き合わされる兄の物語。その「妹」は兄が居なくても(精神的には分からないが)生きて行くことが容易く出来るのでこの点本作の「妹」とは大違いだ。本作の「妹」は放っておいたら泣き出しそうだし。
 しかし別の視点で相関関係を評価することも出来る。某ラノベの「兄」は最終的には主体的に「妹」を支える決断を下した。自ら進んで「妹」に尽くす存在となる「兄」の物語だと言えよう。――その通り、本作は「妹」の物語ではなくて「兄」の物語だ。不安定な「妹」から目を離せない「兄」の奮闘記であるのかもしれない。

 で、紆余曲折し妹は大学生になった。しかも兄の後を追って同じ大学に入学してきたのだ。

 妥協すると、妹が氷をカラカラ回してご機嫌になる。
(中略)
 それだけで色々なことに目を瞑れそうな自分に呆れて、額を手で覆う。
 ひょっとして。
 俺って、過保護だろうか。

 シスコンです。この作品も入間作品の例に漏れず、主人公主観の物語だ。この点から本人が自らをシスコンであると認識しているか否かがハッキリと見えてくる。その結論は……自覚なしと見える……。

 主人公には妹の他に大学生活に中で親しくなった「彼女」がいた。主人公は彼女と妹との狭間で葛藤することになる。
 創作の主人公に難癖をつけるのはナンセンスだけど彼には盲点がある。彼女と妹のどちらを選ぶか、二者択一的な思考に陥ってしまっていて抜け出せない。そもそも妹と彼女を同列に扱いどちらを優先するかを決定しようとしている点に問題があることは本人も自覚している。であれば先決すべきは悪の思考回路を断ち切るために自己を省みる事だろう。
 根拠は全くないが人間が大人である事の要件の一つは自らを客観視出来る事――それも他人からどう思われるかでは無くて、空中から自己省察する感じで――だと個人的には思う。一見危なっかしい妹を世話する妹煩悩な兄のように取られるが、真実は大人に成りきれない主人公が一方的に依存していただけなのかもしれない。

 時たま耳にする孤独死のニュース。
 彼らを待つ未来を憂つつも、社会派作家の称号を入間さんが得られるかもしれないならそれはそれであり得る話だと思う。
 続刊の下巻は16年9月上旬発売。物語が彼らを何処まで追いかけるのか分からないけど幸せな結末がいーなー。

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